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引っ越しました【いまさら報告】

ネガティブモード全開の投稿から、2カ月。
その間、(私にしては)大きな決断をし、結果的に引っ越しをしました。
引っ越し先は・・・・・地元(笑)

要するに8年ぶりに戻りました。
本籍地に。

こうなるまでに、本当にたくさんの方に助けていただき、様々な天運に恵まれました。
恐らく、その道のりでの困難度は最小であったのではないかと思います。

四方八方360°神仏万人万物森羅万象に感謝してます。
↑ あまり感謝の意が感じられないか・・・

今後ともよろしくお願い申し上げます。



<事情を知ってる方、知らぬ方、ご報告を兼ね、簡単な説明を以下に>



簡単に・・・というには長くなりそうかも。
いやいや簡潔に。
3月に胆管がんの手術をした父。その後、2回ショック状態に陥ったのですが、1度目の緊急手術は上手くいって順調だったのに、2度目のとき、一時心肺停止になり、その時の後遺症として脳にダメージが残りました。いわゆる蘇生後脳症(低酸素脳症)です。

しかし、実はこのはっきりした症状名は私にはすぐに伝えられてませんでした。
蘇生後脳症の症状もさることながら、一時真菌症になり、状態が安定するまで2カ月近くかかり、それが優先されていたこともあるのですが、それはそれ、これはこれ。
脳にダメージがあるのではないかと疑いながら、というか確信しつつ、明確な症状名をきくことなく、漠然と憶測だけで覚悟してたのですが、8月にとうとう別の病院への転院を薦められました。
表向きな理由としては、この場合のリハビリのノウハウがあまりないので、そちらを重点的にやってくれる病院へ行ってはどうかということでしたが、いうなれば、症状は安定したから出てけということに近いと。
覚悟というか、予測はしてたけど、やはり父はこれ以上回復しないのか、満足に体を動かせず、話せず、口から食事もできないままなのか、ということを改めて突き付けられて、多少混乱しました。急性期病院で半年以上も入院させてもらっていたことはありがたかった半面、なんともやるせない気持ちになりました。
でも、ごねる気もなかったし、何より、看護師さんたちはとてもとてもとてもいい方ばかりだったので、嫌な思いはさせたくなかったし(看護師さんたちはずっといていいのにとみんなが行ってくださったんですけど、笑)、とりあえず言われるがまま、病院のソーシャルワーカーさんに病院探しをお願いしました。
その際、新たに問題になったのが、転院先の場所、費用。
恥ずかしながら、父はそれなりの借金があり、基本的に私が返済してました。
しかし、転院先での費用は予想以上で、このままでは生活までもがままならない。
これを乗り越えるには、1つの手段がとりあえずあったのですが、(それしか思い浮かばなかった)非常に勇気というか覚悟のいる手段だったのです。

家を売る。借金を返す。都内に引っ越す。

母からの相続で私名義の家でしたが、長く住もうとは思ってなかったので、まだ良かったんですが、なにせ結構限界に達してた自分にはこれらのことを処理するパワーが足りないようで、8月いっぱいまでは動かないと決め、9月1日から腹をくくって行動に移しました。

それからの経緯は、神がかってました(笑)
すぐには売れないと思っていたのに、あっという間に2週間足らずで家が売れ、住む場所については初一人暮らしなので、不動産の極意を小中の同級生のご両親(不動産屋さん)に伺いに行ったら、私の希望予算で広さで、この故郷の物件を紹介していただき、ちょうどそのころ急に小学校の同級生とFacebookで連絡が取れ始めて、「もうこれは帰ってこいってことかな」と解釈し、あっさり転居先が決まり、あれよあれよと2カ月足らずで引越しまでが終わりました。

その際、とてつもなく多くの方に助けられ、励まされたことは言うまでもありません。
(父の転院先も決まり、転院しました)
これだけの恩を生きている間に返せる気が全くしません(笑)
それぐらいの恩を受けました。
来世分も込みで、自分がとりあえず生き抜きつつ、少しでもお返しできたらと思ってます。

by saw_buck | 2011-11-01 00:00 | 出来事